01 黄金色の派手なバスが走っている。 路線バスを、そのまま黄金塗装にしたようなバスである。行き先を表示するディスプレイには、漢字で一言、福、と表示されている。 『福屋』の、黄金バス。 町外れの国道を、市街地の中心へ向けて、黄金バスは走っていた。 その小さな影は、走り続けるバスの前にいきなり飛び出し、両手を広げて立ちはだかった。 「おっと」 バスを運転していた初老の男性は、咄嗟にブレーキを深く踏み込んだ。 ききーっ タイヤが擦れ、火花が散る。バスの車内では、最前列に座っていた女性が衝撃にのけぞり、額を手すりにぶつけた。長椅子になっている後部座席に寝転がって眠っていた男性は、ブレーキの勢いに全身が投げ出され、腰やら肩やらをしこたま床に打ちつけた。 急停止したバスのフロントマスクを、どんどん、と彼らは叩いた。 彼ら。 飛び出したのは、2人組みである。 「何事ですか?」 突然の揺れを事故と勘違いした女性が、慌てて運転席に駆け寄った。 「飛び込みです」 女性の言葉に、運転手が答える。 運転手。 白髪白髭、透き通るブルーの瞳、肌は雪原のように白い初老の男性で、口元には常にうっすらとあるかなしかの微笑を浮かべている。背が高く、姿勢が良いから、尚更体が大きく見える。バスの運転手という役職は、自分の天職だと思っている。 どんどん ノックの音が、今度は前扉の外から聞こえた。女性と運転手が見ると、金髪碧眼、まるで双子のように同じ顔が、前扉を叩きながら、嘆願するようにこちらを見上げていた。 子供である。 黒タキシードに黒半ズボンと、黒ドレスに黒ストッキングを纏った、10歳前後の少年と少女。 2人とも、やけに大きなリュックを背中に背負っている。 「開けて! 開けてー!」 少年の方が叫ぶ。半ズボンから覗く膝小僧に、擦り切れたような小さな傷がひとつついている。 「あなた達、福屋さんでしょ?」 少女の方が言いながら、扉の外で、背負っていた白うさぎ形のリュックを下ろし、中から黄金に輝く一枚の紙切れを取り出した。 「これを見て、あなた達を探していたの! 飛び出した事はあやまります、危ない事してごめんなさい!」 「どうしてもあなた達に頼みたい事があったんです。開けて下さい!」 少女と少年は交互に叫ぶ。その紙切れは福屋が配っている金色のちらしであった。 女性と運転手は顔を見合わせる。 女性。 銀髪銀瞳、髪型はシニヨンで、首に緑色のスカーフを巻いている若い美少女。肌はカキ氷のようにきめ細かく、右目の下に艶っぽい泣き黒子が付いている。気の強そうな大きな目が、今は寝起きのため半分閉じられている。紺のブレザーにミニスカート、スキニーベージュのストッキングに、足元には真赤なハイハイヒール。常に10センチ以上のヒールを履き、155センチという小柄な身長をごまかしている。 「如何しましょう?」 「お客様なら仕方ありません。お開けしなさい」 女性の命令で、運転手は前扉を開けた。わっと子供達は車内へ雪崩れ込み、 「こらーーガキ共ーー!!」 直後に、どこか遠くから男の怒号が聞こた。子供達の顔が引きつる。 「もう来た!」 「お願い、早く車を発進させて!」 男の怒号はどんどん近付いて来る。女性と運転手はもう一度お互いを見合った。 「……追われているんですか?」 女性が尋ねる。 「そうなの、早く!」 おろおろと少女が言うので、とりあえず、言われた通りに運転手はバスを発進させた。 間一髪である。 バスが走り出したまさにその瞬間、道の脇の木陰から、白いエプロンをつけた小太りの男性が、道路にぬっと顔を出した。 「どこ行きやがった、糞ガキ共ーーー!」 そう大声で叫ぶ声が、バスの内側にまで響いて来る。子供達は体を屈め、座席の影に身を寄せた。 (……コック?) 小太りの男は、高さ30センチはあろうかというコック帽を頭に被っていた。なぜ2人は、コックなどに追われているのだろう。 「依頼って言うのはね」 バスの座席の影から、少年が小声で言った。もう姿も見えなくなった追っ手に、まだ怯えているらしい。 「探し物なんだけど、引き受けてくれる?」 「お金ならいくらでも払うわ。私達はお金持ちなの……ねえ、追っ手はどうなったの? もう撒いた?」 時速30kmで走り続けるバスからは、もうとっくにコック帽の男性の姿など見えなくなっていた。 「大丈夫ですよ」 女性が言うと、二人の子供は物陰から立ち上がり、あたりをきょろきょろと見回すと、 「はあ、良かった」 「怖かったー! もう駄目かと思った」 口々に言い、お互いの両手を握り合ってぴょんぴょん跳ねた。 「うふふ、今回も無事逃げられたわね、ジュディ」 「そうだね、やっぱり僕らは運が良いね、ラスティ」 「……」 きゃぴきゃぴと喜びの舞いを披露する2人に話しかけるタイミングを、女性は慎重に計った。 「何で追われていたのか、聞いても良いですか?」 興味津々で女性は尋ねた。おもしろそうな事に首を突っ込まずには居られない性質であった。 しかし、2人は揃って首を振った。 「内緒!」 「秘密!」 「そうですか」 女性はあっけらかんとしていた。お客様が嫌と言うなら、それ以上は踏み込まない。 「では、依頼内容をお聞きしましょうか。ええと、ジュディ様に、ラスティ様?」 「そう。僕がジュディ」 「私がラスティ。ねえ、初回に限り依頼料は一律1000アンクって本当? 安すぎない? こんなんでやっていけるの?」 「やっていけますよ。1000アンクは前払いです」 「ふーん? ま、いいわ」 少女はうさぎ形のリュックからヘビ皮の財布を取り出し、500アンク銀貨2枚を女性に手渡した。 「あなたが仙波みどりさんね? あなた方の仕事次第では、1000アンクなんてもんじゃない、もっともっと依頼料を上乗せしても良いわ。チップも弾んであげる。せいぜい私達のために働いて頂戴ね」 「はい。ありがとうございます」 女性 「探して欲しいのは、音なの」 「音?」 「ええ。そうね、イ短調だったかしら」 「違うよ。ニ長調だよ」 「あら、そう? 私にはイ短調に聞こえたわ。ちょっと物悲しい感じのする音なの。すごくきれいで、ピアノとも、バイオリンとも違う、独特の色を持っていてね」 「空から降って来たんだよ。雲が紫色に光って、そこから音が降って来たんだ」 「でもその雲はすぐ風に流されて、音と一緒にどこかへ行ってしまったの。ええと、見たのは二日前のお昼頃だったかしら?」 「そうだね。それからずっとあの雲を探しているんだけど、見つからないんだよ」 「私たち、またあの音を聞きたいの。忘れられないの。それくらい、衝撃的な音だったの」 「お願い、僕達と一緒に、あの紫色の雲を探して? お金ならいくらでも払うから」 少年は言いながら、背負っていた黒うさぎ形のリュックを降ろし、中からやけに大きなクロコダイルの財布を取り出した。 財布を握り締め、子供2人が女性に詰め寄る。 「分かりました。お手伝い致します」 みどりは余裕の笑顔で2人に言った。 「本当? ちゃんとあの雲を見つけてくれる?」 「ええ、もちろんです」 力強くみどりが頷く。子供達はぱあっと表情を綻ばせた。 「諏訪! 諏訪乗務員!」 後部座席に寝転がっている男性に、みどりは声をかけた。 「聞いていましたね? ちょっとこっちへ来て下さい」 みどりに命令され、男性は最初寝たふりを押し通そうかとも思ったが、それだと後が怖いので、渋々彼女の言葉に従った。 男性。 黒髪黒眼の好青年。仕事中は髪型をきっちり整えるが、時折寝癖でぼさぼさのまま接客に当たる事もあり、その度にみどりに注意されている。写真をとるとき、首を斜め上に20度程傾けてしまう癖があり、パスポートの証明写真は税関の職員に威圧感を与える。着ているブレザーは福屋の制服で、胸元にFの文字の入った特性エンブレムが付いているのが特徴。 「ご紹介いたします。こちらは乗務員の諏訪則人。私の部下その1です。その2はこちらのカレス運転手。私が福屋代表の仙波みどり、肩書きは車掌です」 「しゃしょう?」 「バスの行き先を決めたり、ドア開閉時の安全確認を行ったりします。要するに、このバスで一番偉い人が私です」 「しゃしょうさんって呼べば良いの?」 「構いませんよ」 「車掌さん、僕はジュディ、こっちは妹のラスティ」 「双子なの。そっくりでしょ?」 ふふふと笑い、二人は嬉しそうに顔を寄せ合った。目元口元、表情までそっくりだ。 「その雲を最初に見た場所は、何処ですか?」 「家の庭だよ」 「失礼ですが、ご自宅はどちらに?」 「オスキャルド」 「オスキャルド? ウィンベルトの西にある繁華街の事ですか?」 「そうそう。庭で遊んでいたら、急に雲が現れたんだよね?」 「そうそう。見た目は紫がかった白で、オーロラーのようなものも近くに見えたかしら」 「オーロラですか」 ならば寒い所へ行けば良いのだろうか。ウィンベルトという街は経度の高い寒い地方に位置しているが、オーロラーが見えたという報告は受けていない。 「……ただですね、ジュディ様、ラスティ様」 「はい?」 「ちらしをご持参されているので、ご存知かとは思われますが、我々の初回料金での契約時間は最長で三時間となっております。それを超えてしまいますと、追加料金が発生しますがよろ」 「何も心配ないわ。お金の事は気にしないで」 みどりの言葉をラスティが遮った。双子は2人揃って、ぱんぱんの皮財布をこれ見よがしに掲げて見せた。 ちらし。 みどり達は「福屋」という、いわゆるひとつの便利屋家業を営んでいるのだが、その福屋が行く先々の町で配り歩いている黄金色の派手なちらしの事である。ジュディとラスティは、自宅のポストに突っ込まれていたぐちゃぐちゃのこのちらしを見つけ、福屋に興味を持った。走り去る福屋のバスを見つけ、慌てた彼らは体を張ってバスを止め、無理やり乗車する事に成功したのである。 ちなみに、ちらしの文面は、 ◆◆ウィンベルト町の皆様、はじめまして!!福屋です!!◆◆ 福屋は『福』を運びます。困り事、悩み事、何でも解決致します。 ※今なら初回料金一律たったの1000アンクぽっきり!(ただし契約時間は最長三時間、経費別途) 一見さんも大歓迎!家事手伝い、お悩み相談等、何でもお気軽にお問い合わせ下さい!! 電話番号 080-○○○-□□□ 代表 仙葉みどり そんな感じである。 「この際だから言っておくけど、福屋さん。私達は音の鳴る雲が見つかるまで、このバスを降りるつもりはないからね」 「そうだよ。家には帰らないよ」 「さっき、絶対に雲を見つけるって言ってくれたでしょう? だからそれまでは絶対に帰らないから、そのつもりでね」 「もし今日中に音の鳴る雲が見つからなかった場合は、泊めてもらう事になるけど、僕らの夕飯代や朝飯代は気にしなくて良いからね」 平然と2人は言った。そこで初めてみどりは眉根を寄せた。 「ええと、それは、お2人のご両親の許可を得ての事でしょうか?」 「許可? え、ええ、勿論よ。ね、ジュディ?」 「え? う、うん、そうだねラスティ。ママは僕らの外泊を快く許してくれたよね」 明らさまにうろたえる2人。みどりはうーんと唸った。 (……まあ、今日中に雲を見つけてしまえば良いだけの話しだし) もし見つからなかったとしても、夜になったら、彼らを無理やりにでも自宅まで送り届けてしまえば良い。それまでに、住所を聞き出す必要があるが、ジュディ・ラスティの双子で検索をかければ、カレスの情報網でも容易くヒットするだろう。 「一筋縄では行かないかもしれませんよ」 ぼそり、と諏訪則人が耳打ちした。 「はい?」 みどりも小声でそれに答える。ぼそぼそと2人は続けた。 「彼らの洋服、見ましたか?」 「え? ええ、高級そうでお洒落なお洋服ですけど」 「そうじゃありませんよ。少年の方は襟元に、少女の方は右の肘に、何かの食材が跳ねたような跡があります。それも新しいものです」 「食材?」 「ミートソースか何かじゃないですか。そして、先ほど彼らを追ってきた男性は、近くにあった洋食店の関係者でしょう。かけていたエプロンの隅に、その店のエンブレムが付いていましたからね」 「……どういう意味です?」 「さあ。私にも詳しい事は分かりませんが」 諏訪はそう言うと、更に声を潜めた。 「とりあえず、彼らはちょっと変わっています。気は抜かない方が良いと思いますよ」 「……分かっていますよ。あなたに言われるまでもありません」 「そうですか」 諏訪とみどりがこそこそしている横で、双子は持参した福屋のちらしを折って紙飛行機を作って遊んでいた。 次へ(02) 連載ページへ |